📝 最近ずっと心の中にあったこと
最近ずっと心の中にあったことを、今日は少し書いてみようと思います。
知的遅延症や自閉症スペクトラムのあるヨチ妹の子育ては、定型発達のヨチ兄と比べて、「年齢を重ねれば重ねるほど難しいことが増える」──そんな感覚があります。
小さい頃は、周りの子たちもみんな同じようにできないことが多くて、発達の遅れが目立ちにくい時期だったのかもしれません。でも、年齢が上がるにつれて、集団のペースはどんどん速くなり、できること・求められることが一気に増えていきます。
🌱 成長とともに増えていく「習得のむずかしさ」
成長に伴い、今までは私がやってあげていたことも、少しずつお手伝いを減らしながら、いずれは自分でできるようになるためにも、ある程度は見守ることが必要になってきます。
しかし、なかなか習得できないのが実情です。でも、自分でやらなければ、いつまでたってもできないまま。
私の体感としては、定型発達の子が数回で身につけられることでも、ヨチ妹の場合は何十回、何百回と積み重ねていく必要がある──そんな印象があります。もちろん、子どもそれぞれに得意・不得意があるので単純な比較はできませんが、ヨチ妹のペースに合わせて進むには、時間も根気も必要になります。
そして、ヨチ妹自身の意思もはっきりしてきます。当然そこのケアも必要になってきます。
こういった中で、我が子のペースを守りながら育てることは、想像以上にエネルギーが必要だと感じています。
🧩 働き方の制度と現実のギャップ
社会での働き方の制度一つにしても、「三歳まで時短OK」「小学校まで時短OK」などの枠はあるけれど、これは定型発達の子どもを前提に作られたものです。もちろん、指標をもとに作成されるのは当たり前のことですし、発達に凸凹のある子だけではなく、子ども一人ひとりに個性があるので、万人に共通する決まりを作るのは難しいことも理解しています。
だからこそ、子どもの特性を言い訳にしたくはない。でも、発達に凸凹のある子の育児は、正直その枠ではとても収まらない──これが言いたくないし、言ってはいけないのかもしれない本音です。
雇う側の気持ちもわかるし、周囲との協調も必要だし、子育てしながら働くのは誰にとっても大変。それでも、一般的な枠ではどうしても無理がある。このジレンマがすごくつらいと感じます。
🏫 年齢が上がるほど増えていく支援の必要性
通院、相談支援、園や学校、児童発達支援との連携、生活のサポート。 年齢が上がるほど、むしろ手がかかることが増えていくのに、制度は「年齢が上がれば手がかからなくなる」という前提で作られています。
🤝 「この難しさを共有できたら」と思うこと
だからこそ、私は時々思うのです。 「この難しさを、もっと誰かと共有できたらいいのに」と。
おそらく、私と同じように、この何とも言えない気持ちを抱えている方は多くいるのではないかと思います。なかなか人に言えない話題だからこそ、少しでも「自分だけじゃない」と思ってもらえたら嬉しい。そして私自身も、こうして言葉にすることで、気持ちを整理していけたらと思っています


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