🌪️ 特性ゆえの癇癪と、親としてのむなしさと、家族の温度差の話
以前も書きましたが、最近、ヨチ妹の癇癪がとても強くて、毎日のように何度か爆発が起きています。 正直、「またか…」と、多少慣れっこになっている部分もあります。
それでも、どんなに「受け入れるしかない」と頭でわかっていても、私も人間なので、同じことが繰り返されると、むなしい気持ちになる日があります。
ヨチ兄のときは、イヤイヤ期には“いつか終わりがある”とどこかで思えていました。 「これも今だけか」と思うと、かわいく感じられたり、気持ちに余裕を持てる瞬間も多かったように思います。
でもヨチ妹の場合は、特性ゆえの反応なので、同じようにはいきません。 「そのうち終わる」と思い込むことができず、出口が見えないトンネルを歩いているような、そんな感覚になることがあります。
そんな中で起きた、あの日の出来事について書いてみようと思います。
🍽️ 手伝いたい気持ちと、危なさと、爆発と
ヨチ妹は、突然“お手伝いスイッチ”が入ることがあります。
キッチンに来て、突然、食器棚から次々に食器を出して机いっぱいに並べたり、 作っている途中のものを勝手に持っていこうとしたりします。
その結果、 お汁をこぼされたり、 おかずをひっくり返されたり、 せっかく作ったものが一瞬で台無しになることも多いです。
床に散らばったものを片付けながら、「せっかく作ったのにな…」と思う自分もいます。 でも、一番ショックを受けているのは、お手伝いをしようとしたのにうまくいかなかったヨチ妹本人なので、私は必死にぐっとこらえます。 怒りたい気持ちを飲み込むのは、簡単なことではありません。
その日もそうでした。 ヨチ妹が、絶対にこぼしそうな大皿のおかずを運ぼうとしたので、危ないと思って「やめて!」と止めました。 すると、それが気に入らなかったようで、大泣きに発展してしまいました。
「ごめんね。でも危ないよ。」 そう声をかけても、もう耳には入らず、大暴れのスイッチが入ってしまいました。
🧩 家族の温度差に、ふっと胸がざわついた
その日はヨチ父もいたので、 「ヨチ兄と先に食べてて」とお願いして、私はヨチ妹の対応にまわりました。
すると、食卓からヨチ父が、 本当に何でもないことのように、フラットな声でこう言いました。
「きっとヨチ妹は大人になってもこんな感じなんだろうねー」
もぐもぐとご飯を食べながら。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に何とも言えない気持ちが広がりました。
将来を悲観している感じでもなく、 むしろ、ただの“観察”のような、温度のない言葉でした。
でも、毎日癇癪の渦の中にいる私には、 そのヨチ父の驚くほどのフラットさが、 「ありのままを受け入れているんだな」という、どこか救いのようにも感じられました。
一方で、そこには希望的な観測もなく、 「このままなんだろうね」という現実だけを静かに置かれたような、少し突き放された感覚もあり、 本当に何とも言えない気持ちになりました。
🌱 特性ゆえの難しさと、親の気持ち
特性ゆえの癇癪は、「しつけ」ではなく「支援」が必要だとわかっています。
どんなに頭で理解していても、支援する側の親も人間です。 心がすり減ってしまう日もあります。 それでも、ふとした瞬間に「見てみてー」「ママ大好きだよ」と言ってくれたり、 にこっと笑ってくれたりするだけで、救われることも確かにあります。
ヨチ妹は確実に成長していますし、できることも増えています。 だからこそ挑戦する場面も増え、その結果、日々の小さな“つまずき”が積み重なると、どうしても爆発が抑えられなくなることがあります。
それでも私は、今日もヨチ妹の気持ちを受け止めていかなくてはいけないし、 明日もまた向き合っていくのだと思います。
そして、いつか—— ヨチ父、ヨチ兄、ヨチ妹と一緒に、 「昔、ヨチ父があんなこと言ってたよね」と笑って話せる日が来ればいいなと、 心のどこかで願っています。


コメント