🧩 最近、優しさの形が少し変わってきたヨチ兄のこと
最近、ヨチ妹の癇癪が増えてきて、 その影響を一番近くで受けているのは、実はヨチ兄なのかもしれません。
昔は、私が言わなくてもゼリーの蓋を開けてあげたり、 「かわいいね」と頭をなでてあげたり、 自然と“お兄ちゃんらしい優しさ”がにじみ出ていました。
でも小学生になった今、 その優しさが少し見えにくくなってきました。
🌪️ 妹にだけきつくなる兄の言葉に、胸がざわついた
ヨチ兄は、小学生にしてはとても冷静な子です。 ヨチ妹が癇癪で大きな声を出していても、 横で漫画を読んだりカードで遊んだり、動じずに過ごしていることも多いです。
でも、癇癪でテレビの音が聞こえなくなると、 さすがにイラッとするようで、
「どっか行けよ、雑魚」 「ヨチ妹は馬鹿だから」
そんな強い言葉を投げてしまうことがあります。
普段は友達にも私にもとても優しいのに、 妹にだけきつくなるその姿に、胸がぎゅっと痛くなりました。
「障害がある妹を見下しているんじゃないか」 そんな不安が、心のどこかにずっとありました。
💬 ママ友の一言で、ふっと心が軽くなった
そんな話をふとママ友さんにしたとき、 返ってきた言葉が、とてもシンプルで、でも深く刺さりました。
「それって、ヨチ妹ちゃんの障害は関係なくないですか? 普通の兄弟でも、年下の子ができないことが多いのは当然だし、 イラッとするのも普通ですよ」
その瞬間、私はハッとしました。 たしかに、私自身も兄弟ってそんな感じだったと。
そして、もしかしたら—— 一番“障害”を気にしていたのは私だったのかもしれない。
🌱 優しさが消えたわけじゃない。形が変わっただけ
小学生になったヨチ兄は、 友達との世界が広がり、 自分の時間やペースを大切にしたくなる時期。
だから、昔のような“お世話的な優しさ”が減るのは自然なこと。
むしろ、外では優しくできているということは、 根っこの優しさは変わっていない証拠。
妹にだけきつくなるのは、
- 「家は安心して本音を出せる場所」
- 「妹は自分を受け止めてくれる存在」
という気持ちがあるからこそ。
優しさが消えたのではなく、 優しさの形が変わっているだけなんだと、 少しずつ思えるようになりました。
だって、ヨチ妹がスープをこぼしてしまったとき、 私が片付けている横で 「せっかく作ってくれたのに、悲しい」 と言ってくれたり、掃除を手伝ってくれたり。 優しいところは、他にもたくさんあります。
🌈 私自身の気づきと、これからのこと
ヨチ妹の特性を理解しようとするあまり、 私はいつの間にか“障害”というフィルターで 兄妹の関係を見てしまっていたのかもしれません。
でも、兄が妹にイラッとするのは、 障害があるかどうかとは関係なく、 どの家庭でも起きる“普通の兄弟の姿”。
そう気づいたことで、 私の心は少し軽くなりました。
これからも、 ヨチ兄の揺れも、 ヨチ妹の特性も、 家族みんなの気持ちも、 ひとつずつ丁寧に見つめていけたらと思います。


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